博士号を持たない私の劣等感と野望

雑記

今回は博士号をもっていない大学教員(私)が抱える劣等感と野望についてお話しします。

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劣等感

過去の記事をご覧いただけたらと思うのですが、私は大学院前期課程修了後、小学校教員として働き始めました。そのため、博士課程には通っておらず、もちろん、論文博士申請ができるわけもありませんので、博士号は持っておりません。

つまり、修士号止まりの大学教員ということになります。

短大や専門学校においては、規模にもよりますが、正直、学士でも教員になれる場合がありますので、短大教員をしているときはそれほど劣等感は感じなかったのですが、四年制大学においては、最低修士号、基本的には博士号取得者が教員になっているため、日々、劣等感を感じているところです。
(学部、学科によっては実務家教員が多い大学もあるため、博士号の取得状況については一概には言えません)

こんなことを書くと、劣等感を感じることなんてない、と励ましてくださる優しい方もいらっしゃるのですが、第三者は肩書きで人を判断します。

大学教員であれば、博士号の有無、教授、准教授といった肩書によって見方が変わるかと思います。

実際問題、博士号を取得されている方は、課程でどっぷりと研究に浸かったり、優れた論文を積み重ねてきたりする方々ですので、博士号の有無が研究に関する経験値に差を生んでいるのは間違いないかと思います。

幸い、博士課程は社会人になってから通う方も多いため、通うのは今からでも遅くないのですが、なかなか踏ん切りがつきません。

それは、経済的なこと、体力的なこともそうですが、劣等感と同時に、ある野望が出てきてしまうからです。

野望

修士号しか持っていないことに劣等感を抱きつつも、反対にある野望も私は持っています。

それは、

「修士号しかもっていない自分が、博士号を持っている方々に負けないくらいの研究成果を積み上げる。」

ということです。

思っていることが全くの真逆ですが、博士課程取得に踏ん切りがつかない最大の理由は、この思考が邪魔をするからです。

正直なところ、博士号を取得していようがいまいが、研究はできます。

研究機関に属しているか、いないか、ということは研究環境に影響を与えるかもしれませんが、博士号の有無は研究ができるか、できないか、ということに影響しません。

博士号をもっていないとできない研究は、私の知る限りないからです。

そして、漫画の読みすぎだと思いますが、雑兵が将軍に勝つという構図が大好きで、博士号取得者よりも研究成果を残したいという想いが出てきてしまいます。

ドラゴンボールで孫悟空がベジータに言った

「落ちこぼれだって必死で努力すりゃエリートを超えることがあるかもよ」

DRAGON BALL 19巻より引用

という言葉に影響を受けすぎたようです。

博士課程でじっくりと学び、博論を書き上げた博士課程修了者よりも研究成果を上げるのは簡単ではないかと思いますが、この野望が一種のモチベーションにはなっています。

モルタルボードハットをかぶった男の子

現状、まだまだ勉強が足りていないのですが、働きながらも学ぶことはできるため、劣等感を抱きつつも、野望の実現に向けて日々の研究に邁進したいと思います。

(ストレートで博士課程にいっておけばよかった………)

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