教員という職業に仕事の終わりはない

大学教員の仕事

今回は教員の仕事についてお話ししたいと思います。

長期休業期間も仕事はある

現在、大学は春休み中です。

小学校から高校までの先生方も、3月下旬からほんの少しだけ春休み期間に入るのではないかと思います。

もちろん、春休みというのは「学生や子ども達が」ということであり、教員に休みはありません(場合によっては強制年休消化によって休みとなることはあります)。
ただ、授業という職務から解放されるだけでも、気持ち的にだいぶ楽になるのは事実です。

しかしながら、長期休業期間中も仕事がなくなることはありません。

小学校から高校までの春休みと大学の春休みは、期間も目的も異なりますので、忙しさには差があるものの、やるべき仕事は必ずあります。

春休み期間を例に挙げると、小学校から高校までの校種では、指導要録の作成、確認など、当該年度のまとめのような業務から、次年度の準備(クラス編成、教科書選び、ドリルの選定、新クラスの環境整備など)などが行われます。

そもそも、長期休暇と言えるほどの日数は確保されませんが、子ども達がいない分事務作業に集中することができ、気持ち的には楽に感じるかもしれませんが、やるべき仕事は山ほどあり、時間的余裕はそれほどないかもしれません。

一方、大学の春休みは高校までと同様の内容を含みながらも、期間が長いため、ゆったりと過ごすことができます。
ただ、仕事がなくなることはありません。

具体的な長期休暇中の仕事については、過去の記事をご参照ください。

https://note.com/embed/notes/nf33f76f881fe

大学の長期休暇は春、夏問わずに研究期間として当てられることがほとんどですので、精力的に研究を行っていない教員にとっては時間的にかなり余裕ができるかと思います。

それでも、シラバスの作成や教科書の選定、次年度に向けた引継ぎなど、何かしらの仕事があります。

仕事がなくなることはない

上記からもわかるように、どれだけ時間的な余裕ができても、教員という職業に就いている以上、仕事がなくなることはありません。

なぜなら、事務的な仕事が終わっていたとしても、授業に関する仕事は終わることがないからです。

授業の進め方の検討、教具の作成、教材の選定、宿題の選定、板書計画の検討など、考えれば考えるほどやるべきことが仕事となって生み出されていきます。

そのため、教員にとっての「仕事がなくなる時期」というのは存在せず、強いて言うなれば「仕事に区切りをつける時期」と言い換えることができるかもしれません。

長期休暇の使い方

私事となってしまいますが、最近、長期休暇の使い方に対する考え方が変わってきたように感じます。

20代の頃は、かの有名なナポレオン・ボナパルトの名言にもある、「人生という試合で最も重要なのは、休憩時間の得点である」という言葉を体現するような生活を目指していました。

そのため、日々の余暇時間はもちろんのこと、長期休暇中も研究や研修、論文の読み込み、資格取得のための勉強など、自分の仕事に必要なこと、自分の糧になることのために時間を使っていました。

ただ、30代になり、家庭をもつとともに、徹夜などの無理がだんだんと聞かなくなってくるにつれ、休憩時間の得点を重ねることが少しずつ難しくなってきたのを感じます。

20代の頃の働き方を覚えている分、それと比べて、ということにはなりますが、家族との時間、自分の健康のための時間など、仕事とは関係ないことにも時間を割くようになりました。

俗にいう「well being」を意識し始めたと言えましょうか。

そのため、これまでは公私の区別がつかないような生活を送ってきていましたが、長期休暇は特に、公私の区別をつけて生活をするようになったと感じます。

このことから、年齢、環境、健康面など、様々な要因はありますが、仕事への向き合い方というのは日々変化していくのだと考えるようになりました。

仕事をする男性

話がまとまりませんが、今回は教員の仕事についてお話ししました。

教員としての仕事に終わりはありませんが、そもそも、今の仕事は好きでやっていることですので、公私の区別などないのかもしれません。

そして、人間として生きている以上、日々の悩みにも終わりはないのかもしれません。

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