大学教員になるまで

雑記

今回は大学教員になるまでの経緯をお話ししたいと思います。

小学校教員から短大教員になるまでの経緯は以下の記事にも書いていますので、よかったらご覧ください。

https://note.com/embed/notes/n6bc6e82a1ea5
https://note.com/embed/notes/n02d9f024a8df
https://note.com/embed/notes/n3c3b526e9f9c

正直なところ、短大教員になってから大学教員になるまでの経緯は、小学校教員から短大教員になるまでの経緯とほぼ同じです。

そのため、記事にするかどうか迷ったのですが、「短大教員になるまで」で終わるのも何かおかしいなと思い、今回記事にしました。

短大教員時代

ぽかんと空いた時間

短大教員として赴任した私は、当初、あまりの環境の違いに気が休まりませんでした。

新しい環境に身を置くので、慣れない環境で精神的疲弊をしていたのももちろんありますが、その精神的疲弊の原因は「今は何をする時間なのか」という疑問でした。

小学校では常に児童と一緒に生活をするため、登校から下校まではやるべきことが詰まりに詰まっていました。

高学年の担任だとしても、基本的に児童と離れるのは45分程度であり、それ以外は常に生活を共にします。

低学年の担任であれば、学校が始まってから放課後までつきっきりです。

また、放課後も会議や採点、授業で作った作品へのコメント記入、保護者対応、授業準備など、やるべきことがなくなるということはありませんでした。

しかし、短大では基本的に担当授業以外の時間の使い方は各自に委ねられます(中学校、高校の先生方と似ている部分があるかもしれません)。

そのため、空き時間や授業のない曜日などは、「何をすればいいのか」「今は研究室にいてもよい時間なのか」といった不安が常に付きまとっていました。

今となっては外部の仕事や研究など、自分のやるべきことを見据えて仕事を進めることができるようになりましたが、着任当初はそわそわしていたことを覚えています。

短大は忙しい

私ではなく、忙しいのは学生です。

短大は教員ではなく学生が非常に忙しいです。

2年間のうちに授業はもちろん、実習にも行かなくてならないため、レポートや報告書などがひっきりなしに襲い掛かります。

もちろん、空き時間などもありますが、4年制大学の学生と比べるとかなり凝縮された学生生活を送っていると感じます。

ただ、良くか悪くか、学生達はその生活しか知りませんので、それが当たり前と思っており、一つでも単位を落とそうものなら留年の二文字が近づいてくるため、必死に課題に取り組みます。

4年制大学では同じ授業を2回も3回も受ける学生がいますが、短大ではよほどのことがない限り、同じ授業を受けることはありません(というか留年を覚悟しないと受けられない)。

2年間での成長度合いを考えると、短大の学生は4大の学生よりも大きく成長しているのかもしれません。

研究は正直進めづらい

新しい環境にも慣れてきて、日々の授業だけでなく研究にも目を向けられるようになってくると、短大はお世辞にも研究が進めやすい環境であるとは言えませんでした。

まず、学内研究費というものがあるのですが、これは1年間で各教員に割り当てられる研究予算になります。印刷費や人件費、備品の購入など、研究に必要な経費はここから支出していきます。

この学内研究費が、短大時代は年間8万円でした。最近では、国立大学でさえも学内研究費が出ないという話も聞きますので、出してもらえるだけありがたいのですが、8万円だと、学会費の捻出と、学会大会への参加費(旅費を含む)でほぼ使い切ってしまいます。

そのため、新しい研究に取り組もうとした場合、学内研究費だけでは到底足りませんでした。

また、先ほども申したように、短大は2年間の中に必要な授業がパンパンに詰まっています。

そのため、分野にもよりますが、年間の担当授業数が20を超えることなど普通でした(大学ではかなり多いです)。

そのため、研究にかける時間が単純に足りないという現状がありました。

研究を進めるために確保されている夏季休業期間、春季休業期間も、実習の巡回指導などでどんどん予定が埋まっていくため、なかなか研究に打ち込む時間というのはありませんでした。
(時間は自分で作るもの、と小学校教員時代に感じていたのですが、本当に時間が足りないのです。研究成果が求めれらている職業である以上、研究ができないというのはある意味過酷な状況でした。)

そして、一番大変だったのが、「研究に対する配慮がない」ということでした。

最近の短大や専門学校は「教員と学生の距離が近い」ということを売りにしている学校が多く、きめ細やかな指導が求められています。

そのため、教育と研究の注力度は教育:研究=9:1のような偏りを見せていました。

また、以前の記事でも記述したのですが、短大や高専、専門学校の教員は就職するには穴場なのですが、裏返せば研究に従事してきた方が少ないという現状があります。

そのため、研究の重要性を把握しておらず、「カケンヒ?なにそれ?何か書けないの?」といった方が多く、研究のために出張などをすると、仕事をしていないと認識される雰囲気がありました。

そして、仕事をしていないと認識されるや否や、各種委員会などの学務などの推薦が槍のように襲って来るのでした。

以上のことから、少なくとも短大は研究が進めやすい環境ではありませんでした(研究が進めやすい短大の先生方、すみません)。

大学教員公募

短大に着任して3年目、肩書が助教から講師へと変わりました。また、学生委員長、教務委員長、IR推進室長などの学務も担当し(普通このような長に若造が選ばれることはありません)、仕事をしているという認識も持ってもらえるようになりました。

短大でも忙しいながらに充実した毎日を過ごしていましたが、やはり、最終的には4年制大学で働きたいと思い、さらなるステップアップを目指し、4年制大学への公募を受けることにしました。

また公募の戦況については別記事で詳しく書こうかと思っていますが、10大学に応募し、2次試験に進めたのは1大学だけでした。(大学公募戦線に立っている方はお分かりかと思いますが、大学教員の公募では非常に運が良い部類に入り、100件応募しても採用されないことも珍しくはありません。)

その2次試験に進めた大学で最終面接まで進むことができ、そのまま採用をしていただくこととなりました。

その大学が、現在働いている大学となります。

最後が雑になりましたが、短大教員から現在働いている大学へと就職するまでの経緯を書いてみました。

短大での経験は、大学という組織で働くことを学ぶためには非常に良い経験になったと思います。そのため、忙しいながらも短大教員として働けたことが今の自分の糧となっています。

小学校教員、短大教員、大学教員として働き、転職してきた経緯については本記事をもって以上となりますが、仕事内容や職業による違いなどはまた細かく書いていこうと思いますので、よかったらご覧ください。

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