小学校教員と大学教員の違い② 成績評価

大学教員の仕事

今回は成績評価についてお話ししたいと思います。

大学では成績評価がひと段落し、これから卒業判定などが行われる時期に来ています。

小学校でも学期末が近づき、成績評価及び指導要録の作成が近づいてきているのではないでしょうか。

義務教育である小学校とそうではない大学を比べること自体がおかしいのかもしれませんが、いろんな同異点を探すのは純粋に楽しいので、あえて記事にしてみたいと思います。

①所見の有無

やはり、最も大きな相違点は「所見の有無」だと感じます。

実際、各科目の評価に関しては、ある一定の評価基準に照らし合わせて評価をしますので、大きな違いはありません。  

今は絶対評価となっていますので、各評価段階の人数を調整するといったことも基本的にはありません。
(成績の偏りを防ぐために、一部の評価に人数制限をかけることはあります)

ただ、所見は小学校にしかありません。そして、この所見が非常に頭を悩ませるものであったことも強く記憶に残っています。

一年間一緒にいたらこども達の様子なんて簡単に書けるだろうと思われるかもしれませんが、字数制限のある中で、肯定を基本とする文言を選んでいく作業は非常に骨が折れます。

一昔前であれば、厳しい内容の所見も含んでいたのですが、最近は基本的に否定的な言葉は使わないようになっています。
(私のいた小学校だけでしょうか?)

また、テキトーに書こうものなら、管理職による二重、三重のチェックにより弾かれ、再提出の山が待っているのです。

書店に並んでいる参考書の中には、この所見に使える文言集を集めたものもあるくらい、全国の教員を悩ませているものだと思っています。

教室に掲示する絵日記や習字などの掲示物にもコメントを入れたりしますが、あのコメントなども苦手だった私にとって、所見欄は恐怖そのものでした。

成績評価をする科目や人数は大学の方が多いかもしれませんが、大変さという点では小学校の成績評価のほうが圧倒的に大変でした。

②留年の可能性

所見の大変さを上記で話しましたが、大学の成績評価が簡単ということではありません。

重みで言えば、大学の評価の方が重くなるのかもしれません。

なぜなら、大学では「留年」がありえるため、自分の下した評価によって、その学生の時間を一年以上奪ってしまう可能性があるからです。

大学は義務教育ではありませんので、自己責任と言ってしまえばそれまでですが、やはり成績評価については慎重に慎重を重ねる必要があります。

小学校では管理職が二重、三重にチェックするため、所見欄を含め、おかしな成績には指摘がはいるのですが、大学では各科目の担当教員に全てが委ねられるため責任重大です。

単位認定基準に届いていない場合は仕方がありませんが、卒業必修科目などの成績評価は、淡々と行いながらも重みを感じる作業となります。

③評価基準の統一

科目によって評価基準を設定しておくことは、小学校も大学も変わりません。

大学においてはシラバスという授業計画書のようなものに評価基準を明記することが求められているため、必ず授業開始までにその基準を設定する必要があります。

小学校においても子ども評価基準は定められているかと思いますが、今回取り上げるのは「学年での評価基準の統一」です。

最終的には学級担任が評価をしますが、どのテストを使用して、その配分は何点で、といった評価基準については学年で統一する必要があります。

Aクラスではテスト①で評価して、Bクラスではテスト②で評価する、ということがあった場合、同じ学年間でも評価に差が出る可能性があります。

そのため、評価基準の統一は義務教育段階において必要であるといえます。

この評価基準を統一するための話し合いも大学にはないものですので、ここで取り上げてみました。

今回は時期的なトレンドにのって、成績評価についてお話ししました。

校種に限らず、明確な評価基準を定め、透明性のある評価をしていきたいですね。

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