今回は教え子と積極的に関わる先生について所感をお伝えしたいと思います。
※主に小学教員をイメージして書いています。
教え子に積極的に関わるということ
世間一般的には、
「教え子に積極的にかかわる先生」
「面倒見の良い先生」
などがいわゆる「良い先生」として映るのではないかと個人的には思っています。
確かに、子どもたちと積極的に関わり、学校生活の時間を共有することで、子どもたちの情報は手に入るかもしれません。
ただ、「こどもと積極的にかかわる先生」=「良い先生」というのが妄想であるということを今回はお話ししたいと思います。
関われば良いというものではない
時々、ポジティブに人間のパラメータを振り切ったポジティブマンに出会うことがあります。
その人達は自分に対しても、他人に対してもポジティブに考えますので、
「何でも相談してね‼︎」
「一緒に考えよう‼︎」
「話をしよう‼︎」
と関わることが善と言わんばかりに、グイグイと前向き思考で距離を詰めてくる教員がいます。
苦手です。
少なくとも、子供の頃の私(現在もですが)は苦手でした。
しかしながら、このようなポジティブマンは世間一般的には高い評価を受け、「良い先生」として認知されやすいです。
万人に対して良い先生など存在しない
個人的な意見となりますが、万人に対して良い先生など存在しないと考えています。
人間、いろいろな人がいますので、合う人がいれば合わない人もおり、教員においても、人によっては良い先生になるし、悪い先生にもなりえます。
教え子全員に対して良い先生を目指すことを否定はしませんが、個性の問題が絡んできますので、努力どうこうで解決できる問題ではないと感じます。
実態把握に努める
良い先生が存在しないのであれば、教員はどのように子ども達と関わるのがベストなのでしょうか。
私が思うに、子ども達それぞれのベストな距離感で関わるのが最適解だと考えます。
そして、ベストな距離感をつかむためには、実態把握、つまり観察が重要になってくると感じています。
当たり前のことを何を偉そうに、と思う方もいらっしゃるかと思いますが、小学校などの集団生活の中においては、意識的に観察をしなければ埋もれてしまう子などザラにいます。
意識的に観察をしていると、何か違和感を感じる時が出てきます。
これは、言葉では言い表しづらいことなのですが、普段とは違う様子が違和感を生み出しているのだと思います。
この違和感を感じたときに、適切な距離感で関わってあげればよいと思うのです。
ワンピースという漫画では、「見聞色」の覇気と呼ばれる能力が存在するのですが、その見聞色の覇気を極限まで鍛えると、少し先の未来を見ることができます。
漫画の世界ではないため未来のことはわかりませんが、何か起こる前触れを観察によって感知することは可能です。
今回は積極的に関わる先生が必ずしも良い先生ではないということについて話をしました。
人と人とのかかわりの中で、最も必要な能力は、「適切な距離感をつかみ、その距離感で接することができる」という力だと感じます。
何でもかんでも関わればよいということではありません。
そのため、毎日話をする子どももいれば、1日に1回しか話さない子どもだっています。
ただ、それでいいと思うのです。
違和感を感じながら関わらないのはただの怠慢ですが、違和感がなく、子どもが問題なく学校生活を過ごせているのであれば、無理に関わる必要はないと思ます。
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